LocoMoco LIFE

シエナウインドオーケストラ クラリネット奏者 飯島泉のブログ

生きること

昨夜、大学の先輩であり、都内のオーケストラのホルン奏者だったPヤンさんのお通夜へ伺いました。
場所は、思い出の大学の目の前のお寺さん。
この辺を、ホルンを背負って歩いていそうで、つい探してしまいそうな自分がいます。


夫テディにとっても、私にとっても、とても親しくしていた大切な方。
12月3日の早朝に突然お亡くなりになり、帰らぬ人となってしまいました。
前日の夜には、彼の大好きだったベートーヴェンの第九を演奏していたそうです。


大学を卒業してからも、一緒に室内楽をさせていただいていました。
何年か前、坂本龍一さんのオーケストラやオペラで長い期間ご一緒させていただいたことがあります。
音楽に対していつも真摯で、坂本さんが大好きだったPヤンさん。
坂本さんのオペラLIFEのバッハのようなコラールの部分で「いいよないいよな、凄いよな」と、涙を拭いながら、何度も何度も話すPヤンさん。
CDを聞き「ここの部分なんだよ、すげーいいんだよ」と、スコアを見ながら、同じ箇所を何度も聴き、真剣に話すPヤンさん。

その時の音を、葬儀の時に奥様にお願いして流していただきました。

若い学生の頃からその才能に恵まれ、プロのオーケストラでお仕事をされていました。
間違った事にはどんな人に対しても大きな声で反論し、私たち後輩に対しては面倒見が良く、いつも優しかった。
オシャレで、こだわりや思想を持っていて、お酒が大好きで、明け方までよく飲んだっけ。
メチャメチャな人だったけど憎めなくって、こんなにもあったかくて、可愛らしくて、みんなに愛されてる人はいなかっただろうな。


お通夜には全国から沢山の方が駆けつけ、まるで同窓会のようになりました。
葬儀を終えても、あの頃の大学のメンバーは寒いお寺の境内で、いつまでもPやんさんを偲び話が尽きません。
見兼ねたPヤンさんのホルン奏者の先輩Iさんが「みんな、ついてきて!」と、居酒屋へ移動。
気がつけば、約40名程の大宴会。
Iさんは、Pヤンさんのホルンを持って来ていました。
これでPヤンさんも一緒!

一人づつ、Pヤンさんとの想い出やエピソードを語り、哀しみ、涙し、笑い合いました。
遠く海外にいたり、どうしても来られなかった友人達にも、みんなで写真を撮って送りました。
Pヤンさん、こんなに素敵な仲間と再会させてくれてありがとう。
Pヤンさんが、一番来たかったはずだよね。
みんなの心の中で、Pヤンさんはずっとずっと生き続けてゆくのだろうな。


人は何年生きるかではなくて、どう生きるかが大切なのかもしれない。
何気なく過ごしている日々が、決して当たり前ではなく、どんなに幸せで大切なことなのか。
生きていることに感謝して、もっともっと大切に生きていかなければいけない。